大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成6年(ヨ)1113号 決定

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は債権者らの負担とする。

理由

一  申立ての趣旨

1  債務者の別紙書類目録記載の書類に対する占有を解き、これを執行官の保管に付する。

2  執行官は、右書類を債務者本店において保管し、この保管の期間は本決定執行の日から三〇日間とする。

3  執行官は、前項の保管中、債権者らの申出により、営業時間内に限りその保管場所において右書類の閲覧及び謄写を許さなければならない。但し、債務者に対し、債権者らの閲覧謄写に差し支えない限度において右書類の使用を許さなければならない。

4  執行官は、右保管にかかることを適当な方法で公示しなければならない。

二  事案の概要

1  当事者間に争いがない事実及び容易に認定できる事実

(一)  債権者東和観光株式会社(以下「債権者東和観光」という。)は、債務者の発行済株式総数の二分の一にあたる四〇〇株を有する株主であり、債権者松岡茂(以下「債権者松岡」という。)は、債務者の取締役であるとともに債権者東和観光の代表取締役である(争いがない)。

(二)  債権者東和観光は、旧商号を株式会社ひるがのと称し、昭和四四年にゴルフ場経営、スキー場経営、温泉ホテル経営などを目的として設立された会社であり、ひるがの高原カントリークラブを保有している(争いがない)。

債務者は、平成三年にゴルフ場経営等を目的として債権者東和観光を分割して設立された会社であり、債権者東和観光が保有していたさくらカントリー、むらさき野カントリーの経営を受け継ぎ、これらを保有している(争いがない)。

(三)  債権者らは、代理人を通じて債務者に対し、平成六年九月五日付けで別紙「会計帳簿閲覧謄写の御依頼」と題する書面を送付した(以下「本件申請」という。)(甲二六)が、債務者は本件申請を拒絶した(争いがない)。

2  当事者の主張

(一)  債権者らの主張は、帳簿閲覧謄写仮処分申請書及び準備書面三通のとおりであるが、その要旨(被保全権利に関するもの)は、債権者東和観光については、①本件申請は、閲覧謄写を求める理由の記載及び閲覧謄写を求める会計帳簿・書類の特定に欠けるところはなく、適法な申請である、②債権者東和観光と債務者の業種とはゴルフ場経営という点で競業するが、商法二九三条の七第二は、債権者東和観光において本件申請を自らの業務に利用する意図が不存在であることを疎明すれば帳簿等の閲覧謄写請求権を行使することができると解すべきであり、本件においては債権者東和観光には右の意図は不存在である、③債権者東和観光と債務者の業種が競業することを理由に債務者が本件申請を拒絶したことは権利の濫用であるというものであり、債権者松岡については、債権者松岡は債務者の取締役であるから当然に帳簿等の閲覧謄写を請求する権利があり、債権者松岡が債権者東和観光の代表取締役であることを理由にこれを拒絶することは許されないし、債権者松岡の本件申請が権利の濫用であるともいえないというものである。

(二)  債務者の主張は、答弁書、主張書面(一)、同(二)及び同(三)のとおりであるが、その要旨(被保全権利に関するもの)は、債権者東和観光に対するものは、①本件申請は、閲覧謄写を求める理由の記載及び閲覧謄写を求める会計帳簿・書類の特定・具体性を欠いているから、商法二九三条の六の要件を欠く不適法な申請である、②債権者東和観光と債務者との業種は競業するから同法二九三条の七第二号により債務者は本件申請を拒否することができる、③債権者東和観光の本件申請は、株主の権利の確保または権利の行使に関してなされたものではないから、同条第一号により債務者は本件申請を拒否することができるというものであり、債権者松岡に対するものは、債権者松岡が債務者の取締役であることを理由に本件申請をすることは権利の濫用であるというものである。

三  裁判所の判断

1  債権者東和観光の申立てについて

(一)  株主の帳簿閲覧謄写請求の申立ての要件

発行済株式総数の一〇分の一以上にあたる株式を保有する株主は、会社に対して会計帳簿及び書類の閲覧又は謄写を求めることができる(商法二九三条の六第一項)ところ、債権者東和観光は、債務者の発行済株式総数の二分の一にあたる四〇〇株を有する株主である(争いがない)から、債務者に対し、右の帳簿等の閲覧謄写を求めることができる。そして、株主が帳簿等閲覧謄写請求権を行使する場合、理由を付した書面をもってすることが要求されている(同条第二項)ところ、その理由は具体的に記載されていることが必要である(最高裁平成二年一一月八日判決)。これを本件申請について検討すると、債権者東和観光は、別紙「会計帳簿閲覧謄写の御依頼」と題する書面を送付した(甲二六)ものであり、その記載内容からすれば、閲覧を求める理由は具体的であると認められるから、本件申請は、適法な帳簿等の閲覧謄写の請求であるというべきである。

債務者は、右の最高裁判所の判例を引用して、帳簿等閲覧謄写請求権を行使する場合には、理由が具体的に記載されているのみならず、閲覧を求める帳簿の年度等も特定されていることが必要であると主張するが、右の最高裁判所の判決は、「本件閲覧請求が閲覧請求書に閲覧等の請求の理由を具体的に記載してされたものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ」るというものであり、閲覧を求める帳簿の年度等も特定されていることが必要であるとまでは判示していないし、帳簿等の閲覧を求める理由が具体的に記載されていれば、閲覧を求める帳簿や書類の範囲・種類・年度まで記載されてなくとも、会社において必要と認める限度で帳簿を閲覧させれば足りるのであるから、あらゆる場合にまで帳簿等の年度を具体的に特定しなければ適法な帳簿等閲覧謄写請求とはいえないと解することは妥当でない。そうすると、本件申請は、閲覧を求める理由は具体的であり、債務者において閲覧させるべき会計帳簿等を必要な限度で選択することは可能であるから、本件申請を不適法な閲覧請求ということはできない。

(二)  商法二九三条の七第二号の「競業」について

商法二九三条の六に定める少数株主の帳簿等閲覧謄写請求権は、株主が会社業務の運営を監督是正するために少数株主に与えた権利であるが、会計の帳簿及び書類により株主が得る情報は広範かつ重要なものであるから、商法は原則として会社は少数株主の右請求権を拒み得ないとしながらも、会社の保護のために一定の要件があれば会社は右請求権を拒むことができると規定している(同法二九三条の七)。

そして、同条第二号により帳簿等の閲覧謄写を請求した株主が「会社ト競業ヲ為ス会社」である場合には、それを理由に会社は帳簿等の閲覧謄写を拒むことができるところ、商法の競業に関する各種規定は、いずれも競業により会社は抽象的な危険にさらされるため、会社が競業により被る被害を未然に防ぐために設けられていることからすれば、会社は株主が「会社ト競業ヲ為ス会社」であれば、帳簿等の閲覧謄写を請求した株主の主観的意図をとわず、帳簿等の閲覧謄写を拒むことができると解するのが相当である。この点について、債権者東和観光は、同債権者において本件申請を自らの業務に利用する意図が不存在であることを疎明すれば帳簿等の閲覧謄写請求権を行使することができると解すべきであると主張するが、規定の趣旨及び同号の安定した運用という観点からすれば、採用することはできない。

そうすると、債務者は、ゴルフ場経営等を目的とする会社であり、現にさくらカントリー、むらさき野カントリーを保有して経営しており、また、債権者東和観光もゴルフ場経営等を目的とする会社で、現にひるがの高原カントリークラブを保有して経営しているから、債務者は、債権者東和観光が「会社ト競業ヲ為ス会社」であることを理由に、本件申請を拒否することができるというべきである。そして、後記認定の事実によれば、債務者が「競業」を理由に債権者東和観光の本件申請を拒否することが権利の濫用にあたると認めることはできない。

したがって、その余の債権者東和観光の主張について判断するまでもなく、同債権者の本件申立ては理由がない。

2  債権者松岡の申立てについて

(一)  取締役の帳簿閲覧請求について

商法上取締役の会計帳簿等の閲覧謄写に関する明文の規定はないが、会社の業務を執行し、経営に参画するという取締役の職務の性質上、職務に必要な限り会社の会計帳簿等の閲覧謄写を求める権限を有すると解すべきである。しかし、取締役は、一方では会社に対し忠実義務を負うのであるから(商法二五四条の三)、取締役が自己又は第三者の利益を図る目的で帳簿等の閲覧謄写を求めた場合には、会社は権利の濫用として、これを拒むことができるというべきである。

したがって、債権者松岡は債務者の取締役である(争いがない)が、債務者は、本件申請が忠実義務に違反するものであれば、権利の濫用としてこれを拒むことができるというべきである。

(二)  債権者松岡の本件申請は権利の濫用にあたるか

(1) 当事者間に争いがない事実及び疎明資料によれば、次の事実が認められる。

① 債権者東和観光は、債務者の発行済株式総数の二分の一にあたる四〇〇株を有する株主であり、債権者松岡は、債務者の取締役であるとともに債権者東和観光の代表取締役である(争いがない)。

② 債権者東和観光は、旧商号を株式会社ひるがのと称し、昭和四四年にゴルフ場経営、スキー場経営、温泉ホテル経営などを目的として設立された会社である。債務者の代表取締役である関口玉子(以下「関口」という。)は、債権者東和観光の従業員として働いた後、昭和四六年三月に同債権者の取締役に就任し、同年五月には常務取締役となり、債権者東和観光の経営に関与することになった。そして、関口は、昭和五八年には債権者東和観光の発行済株式総数の四分の一を保有するにいたった(争いがない)。

③ 債権者東和観光は、昭和六三年にはゴルフ場として「ひるがの高原カントリークラブ」「さくらカントリークラブ」「むらさき野カントリークラブ」を保有し、その他に「鷲ケ岳スキー場」「鷲ケ岳ホテル」等も保有して経営していた(争いがない)。

そして、債権者松岡と関口との話し合いで、平成三年一二月一二日に債権者東和観光を分割する形で債務者を設立し、債務者は債権者東和観光が保有していた「さくらカントリークラブ」と「むらさき野カントリークラブ」を保有して経営することになった(争いがない)が、その際に債権者東和観光が所有する債務者の株式八〇〇株のうち四〇〇株(発行済株式総額の二分の一)を関口に、関口が所有する債権者東和観光の株式二万株を債権者松岡が代表取締役をしている東和開発株式会社にそれぞれ売買を原因として譲渡した(乙一二の一・二)。そして、債務者の代表取締役には債権者松岡と関口の二人が就任した(争いがない)。

④ 債務者は平成五年七月二九日に開催された定時株主総会において田中真一を取締役に、奥村利和を監査役にそれぞれ選任する議案につき債務者の株主(債権者東和観光及び関口)が出席して賛成したという議事録を債権者松岡の記名押印付きで作成し、それに基づいて右二名の就任登記をした(乙一三、一五)。さらに、同年一一月二五日に債権者東和銀行と債務者の合同取締役会を開き、債権者松岡から関口を債務者の代表取締役から解任するとの議案を否決する旨の決議をしたとの議事録を作成した(債権者松岡の署名はない。)(甲四)。このように債権者松岡と関口との間がうまくいかなくなり、債権者松岡は、関口に対し、債権者東和観光の取締役を辞任するように要求し、関口は平成六年二月一八日付けで辞任届を出して、債権者東和観光の取締役を辞任した(甲四一、乙一五)。

⑤ 債権者松岡は、代理人を通じて同年三月一六日に関口と交渉するとともに同年四月八日付けの書面で債権者松岡の意向を書面で明確に伝えたが、その内容は、(ア)田中真一を取締役に、奥村利和を監査役に選任するという前記の議事録は松岡の記名捺印を偽造したもので、両名の選任及び就任登記は無効であるし、債権者松岡に通知することなく前記の債権者東和観光と債務者の合同取締役会を開いて債権者松岡が提案した議題を否決する議事録を作成したことは債権者松岡の名誉を著しく傷つけるものであること等から債権者松岡は関口を債務者の取締役及び代表取締役として適任ではないと考えるので即刻関口の解任を議題とする株主総会の開催を申し入れる、(イ)債権者松岡は関口との間でともに協調して会社を運営していくことは不可能と考えるので、次善の策として、債務者の「さくらカントリークラブ」と「むらさき野カントリークラブ」をそれぞれ別会社として分割し、関口と債権者松岡が、それぞれいずれか一方の全株式を取得して完全に経営を分離するという妥協案を提案する、(ウ)関口の債権者東和観光の退職功労金として金五〇〇〇万円を支給する、等であった(甲六)。これに対し、関口は、同月一五日付けで業務報告及び打合せ等を議題とする債務者の取締役会(開催日は同月二二日)の招集通知を債権者松岡にするとともに、代理人を通じて同年四月二一日付けの書面で、(ア)株主総会開催の請求については疑義があるので改めて書面で趣旨を明確にして欲しい、(イ)会社の分割については応じられない、(ウ)解任については理由がない、等と回答した(甲七)。

⑥ 同月二二日に開催された債務者の取締役会に債権者松岡は出席したものの開催前に退席し、債権者松岡欠席のまま取締役会の議題として明記されていなかった債権者松岡を債務者の代表取締役から解任する旨の議案を可決し、同年五月二四日付けの書面で債権者松岡に対し右の事実を通知した(甲九、乙六の一、一五)。その間の同月一一日に、債権者東和観光は、債務者に対し、関口を債務者の取締役から解任する旨の議案を内容とする株主総会開催を申し入れ、これを受けて、同年六月二三日に株主総会が開かれたが、債権者東和観光が右議案に賛成したのみで過半数に達せず否決された(甲一〇ないし一六、乙一の一ないし三)。

⑦ 同月二九日に開催された債務者の取締役会では(ア)第三期営業報告書承認の件、(イ)第三期貸借対照表、損益計算書並びに利益処分案承認の件、(ウ)取締役及び監査役改選の件について議事が進められたが、(ア)の件について債権者松岡から質問はなく、(イ)の件について債権者松岡は理由を述べないで反対し、(ウ)の件については債権者松岡以外は賛成し、引き続き定例営業報告を行った後に散会した(甲一八)。

⑧ 債権者松岡は、同年七月八日に名古屋地方裁判所に対し、原告を債権者松岡、被告を債務者とする、前記⑥の債権者松岡を債務者の代表取締役から解任する旨の決議が無効であることの確認を求める訴訟を提起した(乙四の一)。

⑨ 同年七月一五日に開催された債務者の定時株主総会において、債権者東和観光は事前に別紙「定時株主総会質問状」を提出していたところ、右株主総会において債務者は別紙「第3回定時株主総会に関する質問書に対する回答書」のとおり回答した。また、右株主総会においては、第一号議案(第三期貸借対照表、損益計算書並びに利益処分案の承認)については承認する者が一名(四〇〇株)で過半数に達しないため否決され、第二号議案(取締役七名の選任)については、債権者東和観光からの取締役選任の動議を賛成する者が一名(四〇〇株)で過半数に達しないとして否決されたが、第二号議案についても賛成する者が一名(四〇〇株)で過半数に達しないとして否決され、第三号議案(奥村利和の監査役選任)については、債権者東和観光から長瀬金次郎を監査役に選任すべきとの動議を賛成する者が一名(四〇〇株)で過半数に達しないため否決されたが、第三号議案についても賛成する者が一名(四〇〇株)で過半数に達しないとして否決された(甲一九ないし二二)。

⑩ 同年七月二八日に開催された債務者の取締役会では役員報酬変更の件、債権者東和観光への貸付金利息改訂の件、本店移転の件等について審議するとともに、債権者東和観光から前記④の平成五年七月二九日に開催された定時株主総会で選任された取締役田中真一らの選任決議の不存在確認訴訟が提起されたとの報告があった(甲二三、二四)。

⑪ 債権者らは平成六年九月五日付けの書面で本件申請をしたところ、債務者は、同年一〇月三日付けの書面で、(ア)債権者東和観光の本件申請は、商法二九三条の七第二号に該当するとともに、株主の権利に名を藉りてその実は債務者に無用の対応の負担を負わせることにより会社分割という私的目的を実現するための便宜的手段であり同条第一号にも該当するから応じられない、(イ)債権者松岡の本件申請は、これまで取締役としての責任ある行動をなんらとらないでいながら代理人によって突然本件申請をすることは取締役の職務の性質に反し、著しく不相当なものといわざるをえないから応じられない、(ウ)建設仮勘定や営業損益の赤字については特に問題はない、(エ)私的流用の疑念は具体性がないと回答した(甲二六、二七)。そこで、債権者らは、同月二六日に当裁判所に対し、本件仮処分を申し立てた(裁判所に顕著な事実)。

(2) 右認定のとおり、債権者松岡は債務者と「競業」する債権者東和観光の代表取締役であり、債権者東和観光とともに本件申請をしていることからすれば、債権者松岡が帳簿等を閲覧謄写して得た情報が債権者東和観光のために用いられる可能性があること、債権者東和観光は債務者に対し取締役田中らの選任決議の不存在確認訴訟を提起し、債権者松岡自身債務者に対し自己の代表取締役解任決議無効の訴訟を提起しており、債権者らと債務者とは極めて鋭い対立関係があること、債権者松岡は債務者の分割等が関口に拒否された以降に債務者の経営に問題があると強く指摘するようになったこと、債権者松岡は債務者の発行済株式総数の二分の一を関口が保有し、しかも関口が代表取締役であることから、債務者の経営への参画が思うにまかせない状態に置かれていること及びその他の前記認定の事実を総合考慮すれば、債権者松岡は、本件申請を認めれば、これにより得た情報を自己又は債権者東和観光のために利用するおそれがあると認められる。

したがって、債権者松岡の本件申請は、忠実義務に違反するおそれがある以上、債務者は権利の濫用を理由にこれを拒否することができるというべきである。

四  結論

以上のとおり、債権者らの本件申立てはいずれも認めることができないから、主文のとおり決定する。

(裁判官 田邊浩典)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例